叱られるを教わる…?!

 朝食の支度をしながら、某国営放送で紹介されていたことに違和感を覚えましたicon13

 『叱られ方を教える』 という内容のものでありました。

 『叱り方を教える』 であれば、何となくスルー出来たかもしれませんが…

 そもそも、『叱る』 ってどういう意味なのか?

 三省堂のスーパー大辞林3.0によりますと

 ①(目下の者に対して)相手の良くない言動をとがめて、強い態度で責める。

 とあります。

 新旧は別として、社会人対象に 『叱られ方を教える』 とは何ぞや?face08

 
 某国営放送の解説委員と思しき人物が

 「成長のために叱る」

 というセリフで締めくくっていましたが、私は思うのです。

 「成長のために叱る」

 って、子供に言うセリフじゃねぇ?face09


 社会人としての成長を望むのであれば、『叱る』 のではなく 『指導する』 じゃねぇ?face09


 社会人となっても、『躾』 は重要な事柄です。

 しかし、社会人となる前後では 『躾』 の内容が異なることを大人はもっと自覚するべきです。


 『褒める』 だけでは人間は成長しないことを、教育する立場にある者はもっと自覚するべきです。


 「叱られ方を教わる」という 『受け身』 の情報は大変なリスクを伴っていることを理解した方がいいでしょう。

 何故、叱るのか? 何故、叱られるのか?

 
 何故、注意(指導)をするのか? 何故、注意(指導)を受けているのか?

 に置き換えて、原因を究明して対策を練るという “能動的” な情報と行動こそが社会人を成長させることだと

 私は思うのですemoji51

 続きは、後日。

  


Posted by 向日葵. at 2019年02月19日09:58

パニクる、とは その壱

 現代語、ですよね。

 若者言葉、とも言いますね。

 パニックに陥り、冷静さを失う状態のことを指していると思われます。

 このような言葉は、使用する場に注意を要します(当然のことですが…)

 所謂、TPO って言うことですface01

 また、冷静さを失ったままでは本人というよりも、周囲が非常に迷惑します。

 本当に、迷惑…face08face07

 
 BABAは、自分に都合が悪い状況下になるとこの言葉を使用して、自分を正当化します。

 義父が、膵臓癌になった時にそれは顕著でした。


 自分の配偶者が余命宣告を受けたら、そりゃあ 『パニクる』 のは当然のことです。

 パニックにならない方がどうかしている…face07


 しかし、いつまでもパニック状態でいるようでは迷惑です。

 これから、どうするかの対策を練る方向に行かなければいけません。


 ここ最近、話題になっている野田市の悲惨な事件についても言えますよね。

 子供の将来を左右するような職に就いている人間が、父親の言動にいちいちパニクっていられては困りますicon05


 もっと冷静に、もっと勇気をもって、もっと知識を習得していれば、あの子供の将来はまだまだ続いていたことでしょう。

 パニクって、その状況から逃げたままにしていることは、責任放棄なのです。


 長い人生、反省することは大いに必要ですが、後悔をしないように歩みたいものです。
  


Posted by 向日葵. at 2019年02月10日12:56

『婚』に際して

face08 ここ最近は、結婚式・披露宴に参列することはありません。

 前回の備忘録に『葬』を綴ったので、『冠婚葬祭』にまつわる出来事を綴ることにしましたicon53

 今回は、『婚』ですicon12

 結婚式・披露宴に関する事ですicon12


 大安・友引の日などは、県庁所在地の駅の構内などで見かけますね。

 披露宴に出席する、若しくは出席した方々を…

 私が、友人の披露宴に招待されていた頃と違うなぁ~と感じるのは、見た目でしか判断できませんので必然的に『服装』でしょうか…

 披露宴、というものの位置づけが変化していることを感じますface01

 『厳粛』 ⇒ 『和気あいあい』 なものに変化しているように…face08

 悪いことだとは思いませんicon23
 
 仕方のないことだと思いますface06

  
 招待客をもてなすというよりも、新郎新婦とみんなで『楽しむ』催しになっているのですから…


 よって、服装も 『楽』 なものへと変化しているのでしょうね。
 
 『正装』 とは何ぞや?

 と、駅の構内をウロウロしている方々を見て

 苦笑face10

 してしまう私なのです。


 新郎新婦の両親でさえ、黒留袖・モーニングを着用しないケースもあるくらいですから、学生気分の抜けていないような招待客の若者たちに 『正装』 と言ったところで、説得力はありません。

 でも、一生のうちに何十回とあるものではなく、むしろ、片手か両手の指の数ほどしか招待されることは無いのですから、その中で、一回ぐらいは 『正装』 してみてもいいんじゃないかな!?と私は思うのです。

 ここで勘違いしてはならないのは、『正装』と『おしゃれ』を混同しないことです。


 細かいことを言いだすとキリがありませんが、
 
 披露宴にもお葬式にも切ることの出来るような 『フォーマルウエア』 は、如何なものか…

 いつから、めでたい披露宴の席に 『黒いドレス』 を着るようになったのでしょうか?

 アクセサリーをつければいいってもんじゃあありません。

 いつから、丈の短い(膝上)ワンピースを着るようになったのでしょうか?

 いつから、昼間の披露宴でノースリーブを着るようになったのでしょうか?

 
 なんだかなぁ~face07



 さて、私たち夫婦の結婚式では、私や私の親族・招待客の尺度では考えられないことも起きていました。

 私の招待客は親族・友人は、全員『正装』で出席してくれました。

 女性は、ほぼ全員 『和装』 でした。

 黒留袖・色留袖・訪問着・振袖、と

 嬉しかったぁ~

 集合写真も華やかでした


 無理をして 『和装』 する必要は勿論ありませんemoji08


 でも、血の濃い親族は気を付けなければいけません。

 何が言いたいのかって?

 お察しの通り、BABA関連ですよ。


 BABAの娘ってことは、私の夫の妹ってことです。

 よって、『正装』しなければならないわけです。

 彼女は、当時、既婚で二人の子持ちでした。

 この時点で、彼女の正装は 『黒留袖』 です。片目をつぶって 『色留袖』 というところでしょう。

 しかし、彼女は和装とは言え 『訪問着』 を着ていましたface08face08face08

 新婚で子供もいないのであれば仕方ありませんが、驚きましたface08face08face08


 何故、ここまで非難されなければならないのかって?

 常日頃、他人様のことを悪く言わなければいんですよ、BABAが。


 この時点で、BABAもBABAの娘も冠婚葬祭に関する礼儀が無いのがわかりましたface07


 しばらくたってから、BABAが他人様のお嫁さんのことを言いました。

 和装に関する常識がないようなことを、偉そうに言っていました。


 はぁ~?


 自分の娘はどうなんだっ?icon34icon34icon34

 
 
 披露宴に招待されると、何かと出費がかさむのはわかります。

 本当に大変なのであれば、断ることは恥ずかしいことではありません。

 たとえ、安い貸衣装であっても、正しい礼儀で臨めばいいのです。

 “豚に真珠”

 よりは、よっぽどマシでしょう。

 
 喜ばしい席では、羽目を外さないことが大切です。

 新郎新婦の親族、特に両親・兄弟姉妹は要注意です。

 相手を見くびっていると、痛い目にあいます。

 集合写真は、証拠写真でもあるのです

 
 末代までの恥


 にならないようにすることです。


 私たち夫婦の結婚式での集合写真は、BABAの非常識を露呈する『第一号』の証拠となっています。


 ただし、礼儀を重んじるのは大切なことですが、一番大切なのは、

 おめでとう
 お幸せに

 と言う、心から祝う気持ちであることなのですicon06

  


Posted by 向日葵. at 2018年11月09日17:20

音に関すること

 耳障りな音はどこまで許容できますか?

 私の耳は、今のところは良いほうです。年齢を重ねるとともに、今のように聞こえなくなるとは思いますが…。

 私の母は80歳をこえていますが、実家に立ち寄ってもテレビの音は、むしろ小さいほうです。

 転勤族だった父の関係で、中学生の頃までは戸建ての社宅に住んでいましたが、高校生からは賃貸マンション(社宅)でした。

 同居していた祖父が亡くなったのは、中学1年でした。普段は優しく温厚な祖父で、大変可愛がってくれました。

 が、しかし…。

 行儀作法に関しては、本当に厳しい祖父でした。同じく、父も厳しい人間でした。

 箸の上げ下ろしは勿論のこと、生活音に関しても…

 必要以上に大きな音を立てたり、大きな声をしたりすることは、「行儀が悪い = 下品」であると、よく言われました。

 戸の開け閉め、食器を洗ったり片づけたり、モノを片づけたりする時の音、テレビの音等々face04

 音を立てるな、という事ではありません。先に綴ったように“必要以上に”という事です。

 集合住宅における音に関するトラブルや、最近では、保育園・幼稚園の子供の声にさえも苦情を申し立てる事案が、増加の一途をたどっているのは周知の事実です。

 音に関する気遣いが希薄ですよねface04

 ちなみに、義父のテレビの音は相当なもんですface08

 耳が少し遠いのかもしれません。

 でも、この辺の年寄りは秘密の話が出来ないんじゃないかと思うほどの音声で会話をします。

 そう、土地柄…face02

 集合住宅なんて余り見かけない。殆どが戸建てなので、音に関する周囲への気遣いの必要がないという事もあるのでしょう。

 でも、義父は私の体調がすぐれない時は、廊下をソッと歩き、窓の開閉も静かでした。テレビを見るときも、部屋の戸を閉めたりしてくれていました。そう、気遣ってくれていましたface01

 そんな優しい義父の生活音は、不思議なもので耳障りではなく許容の範疇なのです。

 でも、やっぱり耳障りで我慢がならない音もあるface09

 これは、次回に綴ることにします。
 
  


Posted by 向日葵. at 2018年10月16日18:08